東北ゆかりの児童文学作家からのメッセージ(五十音順)

五十嵐 美怜(福島県二本松市出身)

主な作品 集英社みらい文庫『恋する図書室』シリーズなど

メッセージ 

人生のほとんどを東北で過ごしています。自然豊かで、あたたかい。小説を書こうという気持ちが芽生えたのは、そんな環境のおかげかもしれません。
「やってみないと、わからない。」そんな思いをちりばめながら書いたデビュー作。中学生の読者がくれたお手紙の「この小説を読んで勇気を出して行動することができました」という言葉を見て、「作家になってよかった」と心から思いました。そのきっかけをくれたのは公募でしたが、わたしは賞を頂いたわけではありません。それでもデビューできたのですから、人生ってどんなきっかけで何が起こるかわからないなと感じています。
わたしもまだまだ挑戦している途中です。みなさんとはどこかでライバルになるかもしれませんね。一緒に頑張りましょう!

柏葉幸子(岩手県宮古市生まれ、花巻市出身、盛岡市在住)

主な作品 『霧のむこうの不思議な町』

メッセージ 

自分の物語が、たくさんの人に読んでいただける!
これほど幸せなことはないと思います。
楽しんで書いて、楽しんで読んでいただきましょう。

楠章子(東北芸術工科大学 文芸学科 客員教授)

主な作品 『小さな命とあっちとこっち』『まぼろしの薬売り』『ばあばは、だいじょうぶ』など。

デビューのきっかけ 「プレアデス」という同人誌に掲載してもらった短編が、デビュー作『神さまの住む町』になりました。

メッセージ 

大阪生まれ大阪育ちで、一度も引っ越しをしたことがありません。そんな私に東北とご縁が出来たのは、山形にある東北芸術工科大学文芸学科の集中講義をお引き受けしたからでした。8月と2月、年2回の集中講義に通うようになって、もう5、6年がたつでしょうか。初めのころ、特に冬は大阪と違う環境が新鮮でした。積もった雪にはしゃぎ、大きく育った氷柱に驚き、朝、雪原がキラキラ輝くのを見て感激し、と忙しかったのですが、今では豊かな自然をしみじみ美しいと感じながら、授業を行えるようになりました。が、今でも雪道では必ず滑ります・笑。 集中講義の前後、時間が許せば東北の地を旅しています。大阪とは山が違う、川が違う、空が違う。その色、雰囲気が確かに違う。深く深呼吸して東北の空をながめると、魂が浄化される気がします。ああ、こんなに美しい土地に生きている人たちの書く文学は、とうてい私には書けないものだな、そう思います。 みちのく童話賞に、「すきとおったほんとうのたべもの」のような作品がたくさん寄せられますように。東北の地に、児童文学が根付きますように。

高橋うらら

主な作品 『風を切って走りたい! 夢をかなえるバリアフリー自転車』『犬たちがくれた音 聴導犬誕生物語』(金の星社)などノンフィクション児童書多数。

デビューのきっかけとなった賞 日本児童文芸家協会の創作コンクールつばさ賞で入賞したことをきっかけに、先輩の先生方に出会い、勉強させていただきました。

メッセージ 

亡くなった父は山形出身でした。夫の両親は宮城出身です。東北の人は、口数は少なくとも粘り強く、地に足のついた生き方をしている方が多いですね。コロナ禍で大変な状況であるにも関わらず、こうして新しい賞を立ち上げるスタッフのみなさんの努力には、頭が下がるばかりです。たとえ世界がどんな状況になっても、子どもたちが生きる未来には、光を灯してあげたいですね。優れた児童文学は、心に栄養と勇気を与えます。

いったい、みちのく童話賞では、どんな作品が選ばれるのでしょうか。東北の方々が書かれるのですから、「あったか~い」作品が多いのかな? 一般論ですが、童話賞で入賞するヒントを一つだけいうと、「どこかで読んだような話」は避けることでしょう。入賞作品を拝読するのを、今から楽しみにしております。

髙森 美由紀(青森県在住)

主な作品 児童書『いっしょにアんべ』一般書『ジャパン・ディグニティ』等

デビューのきっかけとなった賞 ちゅうでん児童文学賞

メッセージ 

私のデビュー作は2011年の震災を題材にしたものです。
アンベ、というのは、「行こう」という方言です。

「行こう」はいっしょに、という意味を含んでいます。
誰かがそばにいてくれるというのはとても心強いもの。
ぼくが、私がついてる、いっしょにいこう、です。
物語もそうです。
励まされ、それを読んだら前を向く力になれるそういう物語が必要です。みなさま、子どもたちといっしょに楽しめるお話を書いてみませんか?
ご応募、お待ちしております。

鳥野 美知子(山形県新庄市出身)

主な作品 

『どんぐり屋』(新日本出版)『ねんねこさい』(新日本出版)『鬼の市』(岩崎書店)ほか、こわい話等のアンソロジー

メッセージ 

デビュー作品は、日本児童文学者協会の創作教室受講者で作った、同人誌に掲載した作品です。新日本出版社の編集者にお声かけいただき出版となりました。雪の町幻想文学賞で、準長編賞を受賞したのは、その前でしたが、冊子に載ったのみです。
私が新庄を離れたのは、東京の大学に進学した時です。以後、就職、結婚と東京での生活が続きますが、根っこは山形にあるつもりで生きています。一人暮らしになった母の元に、数えきれないほど足を運び、子も孫も山形の自然がどこよりも大すきです。新幹線での移動であっても、景色が変わり、空気感が変わり、駅に降り立つと安堵する所です。そこが、母のいる所だからです。東北は、深く美しい。四季の移ろい、森羅万象の出会いから、光あふれる物語を紡いでください。

光丘真理(宮城県出身)

主な作品 『シャイン♪キッズ』(岩崎書店)でデビュー。著書に『タンポポ あの日を忘れないで』『あいたい』(ともに文研出版) 『ようこそ、ペンション・アニモ―へ』(汐文社)『二人でなら、世界一になれる!』(PHP研究所)など多数。近著に『赤毛証明』(くもん出版)。

デビューのきっかけとなった賞 日本児童文芸家協会の創作コンクール(現在のつばさ賞)で二回目の優秀賞をいただいた作品でデビューしました。 コンクールに挑戦して何度も挫折したり、受賞したのに出版化に繋がらなかったり、の繰り返しが、「今度こそ!」という気持ちを膨らませてくれたからこそのデビューだと思います。

メッセージ 

デビューしてからは、先輩作家の方々のご指導や編集者のアドバイスをいただき、物語を紡ぐコツと楽しさと苦しさをたくさん学ばせていただきました。 最初に受賞した作品も、10年の月日を経て、編集者の目に留まりシリーズ化されました。すぐに出版化されなくても、「一度寝かせて熟成させる」ことも大切なことです。そのほうが、芳醇な香りを醸し出すかも。 私の作品のほとんどは、高校生まで生まれ育った仙台での日々が反映されています。みちのくの緑や澄んだ空気や川の流れ、人の温かさ……、すべてが私の「書きたい」原点です。 デビューを目指している皆さん、どうぞ、「書きたいもの」を思いきり作品にしてください。同じみちのくの物書きとして、心からエールをおくり続けます!

深山さくら(山形県上山市出身)

主な作品 『かえるのじいさまとあめんぼおはな』(教育画劇)、『大好き! おじさん文庫』(文研出版)、『かかしのじいさん』『おたまじゃくしのたまちゃん』(共に、佼成出版社)、『年中行事のお話55』(チャイルド本社)など。

デビューのきっかけとなった賞 第9回創作コンクールつばさ賞(日本児童文芸家協会主催)など。

山形に「ものがたり工房」をそなえ、東京との二拠点で活動中。

メッセージ 

「やってみることが大事」
うまく行くかな? 上手に書けるかな? と、やる前から心配していたら、前に進めない。
このサイトを見つけたあなたです。まずは、「応募しよう!」と決めちゃいましょう。
すると、ほら! 次にやることが、具体的に見えてきたでしょ。
読者の胸を打つ物語を、きっと紡げます。
私は、あなたの大きなチャレンジを応援しています。

茂市久美子(岩手県宮古市 -旧新里村茂市- 出身)

主な作品『おちばおちばとんでいけ』(国土者)、『つるばら村のパン屋さん』(講談社)、『またたびトラベル』(学研)など

メッセージ 

わたしは、童話作家になるのが、子どものころからの夢でした。ところが、初めて出した本は、童話ではなく、『氷河と青いケシの国』という、ヒマラヤ山脈の麓を旅したトレッキング紀行でした。当時、あかね書房が、紀行文学のシリーズを出していて、ネパールから帰国後、勇気を出して編集部に電話をかけ、書いた原稿を持ち込んだのです。そして、2冊目は、『ヒマラヤの民話を訪ねて』(白水社)という一般書で、3冊目でやっと『ようこそタンポポしょくどうへ』(あかね書房)を出すことができました。 初めて本を出してから40年経ちましたが、わたしは、昔も今も、宮澤賢治のように、「すきとおったほんとうのたべもの」となる童話が書けたらと思いながら机にむかっています。そうして、そんな童話に出会いたいと、いつもいつも願っています。「みちのく童話賞」に応募するみなさんのなかから、「すきとおったほんとうのたべもの」を紡いでくれるひとが生まれたら、どんなに嬉しいことでしょう。その日が、いつかきっと来ますよう、心からお祈りしています。

もえぎ桃(青森市出身 秋田市在住)

主な作品  『王子さまとの恋が心配です!』など。2021年春、青い鳥文庫金賞受賞作『両想いになりたい。』刊行予定。

メッセージ 

私が「小説家になりたい!なる!」と決めたのは7年前。デビューするまでの7年間、大小さまざまな賞に作品を応募してきました。子育てしながら、働きながら。 今や幼稚園だった子供たちはすっかり大きくなり、私も50の大台に(笑)。ありがたいことに児童文庫小説賞で入賞し、50歳でデビューが決まった時は、ママ友たちから「50の星!がんばれ!」と声援をたくさんいただきました。落ちまくりもしたけれど、それがすべて自分の糧になっていると感じています。 きっとこのページを見ている方は、童話を書きたいと思っている方ですよね。 「おはなしを書きたい」と思ったら、書いてみましょう! 書いたら、応募してみよう! 書いてみたい気持ちにストップはかけないで! 難しく考える前に、とにかくやってみよう!  そこからきっと素敵なことが始まると思います。

最上一平(山形県出身)

主な作品 『ぬくい山のきつね』など

メッセージ 

私は山形県の出身だが、東北のことなどほとんど知らない。山形県のことだって知らない。生まれた町のことだって知らない。
知っているのは、子どものころに過ごした、ごく限られた狭い集落だけだ。そんな点みたいな所をよりどころに、物語を書いてきたように思う。
父母がおり、兄弟がおり、近所の人々がいる。山があり川があり、田畑がある。四季がある。土地の言葉がある。喜びや悲しみがある。
ちっぽけな点みたいな所だけど、人は人らしく生きていて、美しくおもしろい。物語の種は、そこに落ちているように思う。

森埜こみち(岩手県二戸郡一戸町出身(秋田県秋田市育ち)

主な作品『わたしの空と五・七・五』(講談社)、『蝶の羽ばたき、その先へ』(小峰書店)、共著『真昼のキョーフ』(フレーベル館)など。

デビューのきっかけとなった賞 ちゅうでん児童文学賞

メッセージ 

岩手生まれの秋田育ちです。何県人?と聞かれたら、秋田県人と答えます。2歳から高校卒業までを過ごしたというのはやはり大きく、死ぬまで、この答えは変わらないだろうと思います。でもいつか、岩手の山奥にある自分が生まれた町を訪ねてみたいなあ。デビューの方法はいろいろありますが、わたしは公募からでした。公募のよさのひとつは、締め切りがあること。締め切りにお尻を叩いてもらって、作品を仕上げることができます。投函した日にはじつに晴れやかな気分になって、ワインでも飲もうかとなりますよ。そして投函された作品は、選考委員の方たちに真摯に読んでもらえます。ぜひ、公募を利用してください。